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生命の数理的認識の原理と展開


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未来開拓プロジェクトのまとめの会を3月6日(火)に  
 政策研究大学院大学にて行いました。 

  平成12年度日本学術振興会未来開拓 学術研究推進事業
   フィジビリティスタディ研究成果報告書(562ページ)
   を作成して、文部省に提出しました。
その中の(日本の新しい研究体制のあり方についての提言)を
  以下に掲載してます。

  


  

 我々は、日本の研究体制の問題点をどうよくするかをおりにふれ考え続けてきた。 そして、最近、訪米して、アメリカの研究体制のありかたを実地に調査する機会を得た。アメリカの生命科学研究の中心地であるNIHで、日本から来て長年頑張っておられる日本人の方々、およびアメリカの研究者、科学行政に関わる方々に、インタビュウを行った。以下は、そのまとめの報告書である。
以下の内容についてのご意見がございましたら、どうぞ
松浦 弘幸(政策研究大学院大学) matsuura@grips.ac.jp
 中野 正博(産業医科大学・保健情報科学) nakano@med.uoeh-u.ac.jp
まで、お寄せください。 


日本の研究体制の新しいあり方についての提言

1 緒言

日本はアメリカの約半分にあたる16兆円(1998年)の研究開発費を使用しているにもかかわらず、発表論文数はアメリカの4分の1にすぎない。また論文の質の高さを示す被引用回数では、アメリカの8分の1程度であり,論文の量・質ともに研究開発費に相応しい成果が出ていないと言える。

"日本人は独創性がない"と度々いわれる。しかし,我々は,日本の研究者の能力が西欧の研究者と比較して劣っていると決して考えていない。実際に,お話をお伺いした在米の日本人研究者の方々からも,"日本の研究者は能力的に問題がある(英語の能力は除く)"という声は殆ど聞かれなかった。ということは,個々の研究者としての能力は十分あるが,その能力を十二分に発揮できていないということだ。端的に言えば,人の活用法の問題であり,研究資財の分配・運用法等の問題である。つまり日本の科学研究システム自体に問題が潜んでいる可能性がある。

 我々は,未来開拓学術研究推進委員の先生からの強いお勧めで,NIH(National Institute of Health)まで出向き,在米の日本人研究者と,アメリカ人SA(Scientific Administrator)及びアメリカ人研究者等にお会いして,アメリカの研究システムの運営制度やBECONについてお聞きし,さらに日本人の研究者には"日本の研究システムに関するご意見"を述べていただいた。NIHは,設立以来100人ものノーベル賞受賞者を排出し,NIHのNational Library of Medicine(MEDLINE)は,インターネットを通して全世界からほとんど無料で医学情報が取り出せるようになっている。もはやNIHは,アメリカだけのNIHという範疇を超えて世界のNIHに成りつつある。

 我々の関心も,"日本の研究効率(論文数÷助成金)が,アメリカと比較して悪い理由"と,では,"どうすれば改善される可能性があるのか?"に集中していた。 むろん,日本とアメリカでは,制度も風土も,成り立ちから大きくことなっている。我々も多くの研究者やSAの人達にお話を伺っているうちに,社会制度の相違だけでなく,教育,宗教,習慣,言語等の文化的風習が大きく作用 していることに気付き,"もし科学システムを変革するならば,社会・文化等の全体のシステムをも変革しなければならない"ということに思い至り,愕然としたのも事実だ。"あそこをこうすれば良くなる"という簡単な意見を述べることは,困難でもあり危険でもある。しかし,他方では,多くの研究者から"何とかならないの?"という意見が多い現実がある。

そこで,我々が知り得た情報に日ごろ感じている意見を交えて,敢えて危険を犯して報告や提案をすることにした。

2 科学研究の評価

 ノーベル賞が,正当にその国の学問水準を表していると,単純には信じるわけにはいかないが,ノーベル賞は,その分野で世界的な貢献をした研究者に与えられることは多くの人が認めるところだ。その証拠に,ノーベル賞受賞者は、研究論文の被引用回数で,必ず上位に名前を連ねている。 この意味で,国別のノーベル賞受賞者数は,その国の科学研究水準のひとつの指標と考えられる。 100人以上もの受賞者を排出してきたNIHを擁するアメリカ(国家予算230兆円)は,科学超大国であり,他方,世界2番のGDPを誇る日本(国家予算85兆円)の受賞者数は,僅かに6人であり,これは今日までのノーベル賞受賞者の総数の1%弱という貧弱な状況である。(科学分野でのノーベル賞受賞者は,湯川秀樹,朝永振一郎,江崎玲於奈,利根川進,福井謙一,白川英樹の6人である。このうちで,純粋に国産の研究は,さらに少なく4つである。)

 しかし,日本人で国際的な評価を得ている研究者も多く,科学の進歩に日本人が重要な役割を果たした例も数多く存在する。ここで,我々が言いたいことは,"努力している割には,なぜ世界的な研究になり得ないのか。また,研究費を投入した割には,なぜ成果が上がりにくいのか?さらに,どうして日本人のノーベル賞受賞者数が,GDPの規模の割には少ないのか?このような素朴な疑問である。

 アメリカの厳しい研究社会の中に単身乗り込み,十二分に活躍されてテニアを取得された日本人も多く,日本人が本質的な研究遂行能力で欧米人に劣るとは考えにくい 。

 問題は,数多く存在する。社会的な制度から,その国の伝統や民族性等文化的要因まで含めると無数に存在する。しかし過去を振り返れば,食べ物にも事欠いた戦時下の日本で,朝永と湯川は自分達の力を信じ,新しい研究体制のあり方を模倣し作りあげて行き,ノーベル賞を受賞したばかりか,純粋に日本の独自の素粒子・原子核物理学の黄金時代を築き上げて行った例がある。決して外国の力を借りた模倣ではなかった。残念ながら,今日の学問領域を見るに付け,その気概さえ失せ,硬直した研究体制と環境が存在している。

 今日は,戦時下の当時と状況もかなり異なっている。インターネットの発達により学術誌はオンラインで購読でき,毎日のようにプレプリ配布サーバーからは,論文のプレプリントがメールで自動配信されてくる。もはや,情報過多の問題すら起きている。このような時代には,"より早く研究成果を発表し,如何に多くの世界中の研究者に自分の業績をアピールできるか"は,自分が,ひいては日本が世界的なレベルで学問に貢献する上で重要な要素である。そこで,最初に発信手段である言語と情報に関して考えてみる。

3 言語と情報

 自分の主張を世界に訴えるには,残念ながら英語でなくては効果が薄い。英語は,"外国語ではない"という言葉は,大学の研究者からよく耳にする言葉だ。この言葉の意味はそれだけ研究者は英語が必要だという意味である。しかし,現実は,どうであろう。日本人の世界的な研究者であっても,"英語で議論するのは,どうも苦手だ"という研究者も多く,また,論文を投稿したが,投稿先の査読者から"英語が下手過ぎるから書き直せ"と言われたことは,我々を含めて多くの日本人研究者が経験していることだ。もっとひどい話になると,"書きなおしを命じた査読者が,日本人研究者の投稿論文のコピーを取り,これを手直しして自分の名前で論文を掲載した",査読者に研究成果を横取りされたという可哀想な日本人研究者を知っている。日本人が先にC60の論文を発表していたが,論文が日本語であったためにインパクトが弱くノーベル賞が受賞できなかった話は,あまりにも有名である。例を挙げれば事欠かないが,何時の間にか"英語ができないのは,その人に能力が無いからだ。全て英語は,個人の責任において習得すべきだ"という,概念が我々の中に刷り込まれてしまった。(我々の問題にしている英語力は,討論をしたり,論文を書いたり…プレゼンテーションをする研究用の能力を指している。)

 しかし,本当に個人だけの問題であるのか?そうとは言えない,と我々は考えている。英語教育の問題が相当の部分を占めていると考えている。例えば,英語圏ではないブルガリアでは,大学に入学する学生は,将来のエリートであり,大学に入学が決まった時点で,全員に1年間の集中英語教育(研究用の英語)とその後の半年から1年に及ぶ英語圏への留学を国家の責任(制度として)として実施している。この制度により英語力は,ほぼ問題の無いレベルに到達する。さらに言えば,生粋の英語圏であるアメリカでさえも大学院博士課程の入学者には,英語論文の書き方,プレゼンテーションのやり方,プロジェクトの立て方,Grant(研究助成)申請書の書き方まで,組織的かつ系統的に指導している。なのに,英語を母国語としない日本人に,"個人の才能と自助努力だけで,英語のネイティブと互角に渡り合え"と要求することは,酷というものだ。やはり,日本でも博士課程の入学者には,研究用英語教育の援護射撃が有ってもしかるべきであり,また,大学には,日本人が書いた英語論文を修正することを専業とする外国人教官が在籍すべきであると考える。

 我々が英語の討論の技術を習得したければ,高い学費を払って"語学学校に通う",また,Grantや論文の書き方,プレゼンテーションの仕方を学びたければ,"書籍を購入し,先輩研究者の背中を見て学ぶ"ことが僅かながら可能であるのが悲しい現状である。しかし,全くと言ってよいほど日本でなおざりにされている教育がある。それは,研究プロジェクトの立案・運営やマネージメント技術や研究組織論である。日本では,体系的なプロジェクト理論の蓄積の伝統が無く,プロジェクトを実施した研究者も余計な仕事と見なしてプロジェクト組織論を記録に残してこなかった。他方,アメリカでは,著名なMolecular Biology of Cellの著者であり,名だたるナノサイエンスの研究リーダであるJames Lewisが,"The Project Manager's Desk Reference"を筆頭に,数冊以上の実践的研究プロジェクト推進技術に関する本を執筆し,これらが全てベストセラーになっている。日本には,経営のプロジェクト論は存在する。しかし,研究プロジェクト論に至っては,皆無に等しい。これも日本人研究者全体の共同プロジェクト下手に一役かっていると考えられる。

 同様に貧弱なのが情報戦略である。NIHが殆ど無料で世界の各地に医学・生物学情報を配信していることは先に述べた。日本でも同様の機関は,幾つか存在している。素粒子・原子核の分野では基礎物理学研究所が有名だが,総合的で最大のシステムは,NII(日本国立情報学研究所)である。しかしキーワードで検索し,情報を得ようとすれば有料であり,検索の用語数が多くなると,その費用もかなりの額になる。それ以上に,NIHとNIIとの間に決定的な相違が存在する。NIHは,独自に自力で有名なNIH ImageやNIH 3D Body Image等の優れたソフトウエアを開発し配布するマンパワーと資金力を持ち世界中の研究者に無料で配布している。NIIに代表される日本のデータベース拠点は,各自のコンピュータシステムの維持をすることが,人的にも資金的にもやっとである。このために,検索料金は有料になり,研究者には利用されにくくなっている。 情報センターの設立の経緯の違いもあろうが,いずれNIHのような拠点を作るか,それとも,それぞれをネットで有機的に連結し仮想上の巨大データベースを構築し,情報サービスの向上を望むか,をすべきである。

 決定的に弱いところがある。ナノテクノノロジーに"アメリカは,国家の命運を賭ける"と2000年1月21日にクリントン大統領が,国家戦略としての"Nanotechnology National Initiative"を発表したことはあまりにも有名である。しかし,それを補完するリポートとして,"Nanostructure Science and Technology"と"Nanotechnology Research Directions"が公表されていることは,意外に知られていない。この報告書の中で,ナノテクロジーに興味を持つ一般の人々を見出したら積極的に,講演する場を与えなさい,と述べられている。NIHを訪れると情報公開に力を入れていることが分かるが、これには,国民のコンセンサスが得られないと,"その分野の研究費が増加しない"というアメリカの実情があるようだ。日本でも,"情報公開を促進しよう"と言う動きがある。しかし,決定的な相違は,アメリカでは研究者自身が国民に対して説明・説得義務があること,そうすることで研究の流れをその方向に向けようとすることが強く意識されていることである。これは政治の世論形成過程に類似している。一方,日本はこれが不得意で "脳死と移植問題の意義とリスクと必要性の説明"も不十分のままだし,世論形成が不十分なために,"初戦でのゲノム・遺伝子戦争"の出遅れと敗退を喫し"インターネットの知的財産権"でも敗退した。これらの撤を踏まないためにも,学会や研究者は,できうる限り世間に"説明をする習慣"を身につけるべきである。

上述のアメリカのリポートには,"日本のナノテクノロジー研究者(教授から助手に至るまで)の氏名・専攻分野・業績・研究概要と主な研究補助資金が克明に記されている。我々は,日本のナノ研究の予算と概要を知るのにアメリカの資料に頼ったのだ。日本には,アメリカの研究者・研究所に関するここまで克明な資料は無い。さらに,外国が日本の政府機関の中に組織を構えているA○○Pは,日本のナノテクノロジーの現状を調査分析し,作成したOHPには,日本のナノ研究は,"微細加工・半導体に特化し,生物医学系が手薄である"と評されている。日本は生物医学系のナノテクノロジーに力を注ぐべきであるが,それ以外にもやるべきことがある。アメリカの会社に委託してでも,克明な学術情報調査研究活動を行うべきである。このような調査無くして,将来の研究戦略を立てることは危険である。アメリカが"Nanotechnology National Initiative"を発表した時に,日本は対抗する"戦略"公表できなかった。技術立国を目指す日本こそ,科学政策の長期戦略を立てる科学者集団がぜひ必要なのである。確かに,日本にも密かにナノ戦略は存在している。元大統領行政府科学技術政策局次長のダンカン・ムーア博士は,「アメリカの科学政策は,10年後にその分野で勝利することを計画する」と講演で述べた。それに対し,日本側の企業の反応は,「貴方の述べた中で,2年程度で金に成りそうな研究は無いか」という質問が相次いだ。ある日本人講演者は,「ナノ研究は,まだ基礎をしっかりと掘り起こすべきです」と語っている。先のアメリカの"Nanotechnology National Initiative"では,「基礎と応用研究のバランスをとることの重要性」を説き,「基礎研究から応用研究を経て直ちに産業化が可能となるような,基礎から産業化まで一貫した縦型の研究所の必要性」を強く訴えている。アメリカの一貫性と均衡の考え方は,近視眼的な日本企業と,成果の出しやすい研究に流れがちな我々研究者にとって反省すべき点である。

 研究論文の査読制度にも問題がある。確かに査読は情報の信頼性を保ち,価値の有る学問水準を維持するには必要な制度である。しかし,特にナノ研究のような新しい学際領域では,査読制度は,適していないと考えられる。日本の研究者は,とかく自分の過去の研究領域の延長線上で仕事をしたがる傾向が強い。このために,学際領域を判断できる研究者層は薄く,仮に学際領域の研究者が,既存の学術誌に投稿した場合,"我々の学会には,この論文は適しません"と言われるか"貴方の論文は,○○…○の点で不完全です"と言われ,論文の掲載を拒否される傾向が強い。そこで,査読者と,口論を行っているうちに,アメリカで同じような研究が出されて,悔しい思いをした研究者も多いのだ。我々は, 物理学における"素粒子研究"のように"論文の形式審査のみを行う学術英語論文誌を学術振興会のような機関が発刊すべきであると考えている。これにより,論文の優先権を獲得させる。査読者は書式の審査と,さらに優れた論文にするためのアドバイスを行い,この雑誌に掲載するのだ。論文の著者が望むならば,正規の査読の有る学術誌に投稿すればよい。誰でも掲載できる雑誌は,プレプリのような性格であり,内容の責任は著者にあり,内容の真偽の判断は読者にゆだねられる。そして,こうした雑誌を各大学に購読していただくのはどうであろう。   

4 NIHのシステムと研究戦略

  アメリカの研究システムの長所を探るのに、NIHは最適な研究機関である。NIHは,世界トップの研究水準を維持し続け,設立以来、ノーベル賞受賞者を100人ちかく輩出して来た。我々は,NIHの研究者の方々に研究システムの在り方についてインタビューを行った。そこでは,アメリカの研究水準を高く維持するために機能している幾つかの仕組みが存在した。ここではその二つを紹介する。

1) ひとつは、Scientific Administrator(SA)の存在がある。

NIH には、1万6000人の職員がいるが、そのうちの約3000人がSAである。約6人に1人はSAということになる。彼らは、Programming AdministratorとScientific Review Administratorに分かれる。そこでの彼らの仕事は,科学の発展を強力にリードするために必要な政策を立て実施すること,将来に必要となる分野を新しく創設し育成してゆくこと,後述するPeer Reviewを補佐してゆくこと,であるが主な仕事である。SAになる要件は、@Ph.D.を持っていること,A大学等で研究者の経験があること,が条件として課されている。彼らは,研究を継続しながら,学会に出席して最新の研究の動向に常に目を光らせている。重要なことは,科学政策を評価し立案する主体が研究経験者であり,現場の研究の進め方を十分理解していることで,政策が研究者のやり易いように立案されることである。このようなScientific Administratorの制度は,日本にはない。日本でも科学政策の立案に,直接的に研究者が関与する制度が是非必要である。 しかしながら,もし日本がScientific Administratorの制度を発足させるとした場合に考えられる問題がある。日本では,研究者が政策的な仕事を嫌がるという点だ。現場の研究者であればあるほどその傾向が強く,SAに成ったりしたら他人の研究の評価で自らの研究が遅れ,第一戦に復帰できないと考える者も多い。このために,一度SAに成った研究者は,研究現場に復帰できず,SAの座に居座り,研究より権勢欲が強くなる危険性をはらんでいる。また,SAは,自己の政策業績を上げるために,成果の出やすい研究に優先的に資金を分配するようになる。現に,SAの本場のアメリカでもこの弊害が出ている。この弊害に対抗できるシステムがあるとすれば,それは次に述べるPeer Reviewであろう。

2) Peer Reviewの制度は,評価のシステムとして優れた機能を果たしており,唯一SAの横暴に拮抗する制度であると,アメリカの研究者たちが高く評価している。Peer Reviewには色々なものがある。よく知られているものに,全米の研究者から申請されるGrantの審査・決定に関わるPeer Reviewがある。このために全米の現役の研究者からReviewerが選出され,3日間缶詰めで一つ一つの申請について,論評・評価してゆく。このシステムの維持のためにアメリカの研究者は多大な努力を払っている。その他にも,Peer Reviewは色々な組織についても行なわれる。例えば、Scientific Administrationの組織と機能についても,より上部のScientific AdministratorがPeer Reviewを行い,報告書を議会に提出している。こうしたPeer Reviewの評価によって,お金の配分が決まる。お金を獲得するためには,質の高い研究を行わねばならない。Peer Reviewは,こうして研究への質を高め,独創的研究,価値の高い研究を生み出す強い原動力となっている。 日本にも同様のシステムとして,科学研究費助成金の審査制度が存在している。しかし,日本では,申請が不採用の場合には,"貴方の申請書は評価Cです"という結果を研究者に通知するのみである。他方、アメリカでは、Grand不採用になった場合でも,"貴方の研究のこの部分を修正しなさい。こうすればもっと良くなる"という具体的なアドバイスと方向付けをレポートでしてくれる。これにより,研究者の研究の質が向上する。ここに大きな違いがある。この点を考えても,アメリカでは、 Reviewerに如何に多大な負担が係るか,また如何にアメリカがPeer Reviewを重要視しているかは明らかである。 Peer Reviewの欠点を挙げるとすれば、現場のReviewerの負担が大きいこと,また,確立していない分野や学際領域の申請には的確な判定がしにくいことであろう。さらに,SAと同様に,成果の出やすい研究に優先的に資金を分配するようになる可能性を孕んでいる点も注意すべきである。

3) NIHのBECONは,ナノ研究に興味を持つ企業,研究機関、政府の研究者連合を作るべくシンポジウムを開催し,異分野の研究者の交流を促進する懇談会である。特にナノ研究は,物理から生物までと幅の広い学際的な領域であるためにBECONの果たす役割は大きい。もともとNIHは,成果が出ない研究者は去らねばならない流動的な人事構造を持っている。そのなかでもBECONは,複合領域の研究を促進している。複合領域は日米を問わず研究が手薄であり,それだけに新規な発見や発明が出しやすく,上手く行けば多くの知的財産権が獲得できる可能性が多いと考えられる。これに対抗するためにも,日本でも幾つかのプロジェクト研究に研究場所を提供する流動性に富んだナノテクノロジー生命科学研究所を設立することが望まれる。  

 このようにアメリカのシステムは,科学研究に熟知したScientific Administratorによる科学政策(どの分野にどれ程のお金の配分をするか)の立案というトップダウン方式と,逆に,その枠の中でGrant獲得競争により優れた研究を選び出そうというボトムアップ方式が,互いに拮抗しながら機能していることが大きな特徴である。 Peer Reviewは,その一つ一つのシステムの運営状況を監視し,機能をチェックしている。また,新しい方向の研究には,BECONのような,著しく流動性にとんだ方法で対応しようと試みている。これらのシステムが,アメリカの科学技術を世界のトップ水準に維持し続けるのに大きな役割を果たしている。    

5 日本の人的資源

NIHに在職している日本人研究者から,"ここ数年日本から来るポスドクのレベルが低下したが,日本で何かあったのか?"と尋ねられた。 現在,大学院大学制度の導入で大学院の定員数が大幅に増加した。国民の教育水準の向上は喜ばしいことであるが,反面,大学院では大学院教育の崩壊とレベル低下が起こっていることも事実である。実際に,国立大学でも高校卒業程度の数理の基礎学力しか無い学生が,理工系の博士課程に進学している現状がある。これは,大学院定員の拡充により増えた定員枠を,"必ず充足しなければならない"という義務意識から生じている。以前の大学院博士課程は,研究者要請の場としての役割を負わされていたが,現在は,学部の教育の延長上に有り(特に修士課程),教官によるゼミより一斉授業が中心となりつつある。昔の博士課程修了者は,"研究者としての独り立ちするスタートラインに着きました"という証であったが,現在は,"博士課程の授業が終了して卒業できましたという単なる卒業証書"に変わりつつある。仮に,大学院の水準維持を望むのであれば,"大学院の定員数に相応しい教官数"の見直しを図る必要があり,また,特に博士課程では,"成績不振の学生は,博士もしくは卒業が出来なくて当然だ"という基準が求められる。

 そしてこの際、このような厳しい大学院を終了した学生には,早くから独り立ちし,プロジェクトを任せる仕組み,自分が育ってきた研究室の影響から逃れて個性的に学問ベンチャーを開始する自由が与えられるべきである。アメリカでは,テニアを取得する時間が6年与えられる。この期間の間にテニア候補者は,Grantを申請し自由に研究が出来る。立派な成果をあげたテニア候補者は,テニアを取得でき、若くして教授・助教授等の職につけるような流動性が確保されている。もちろん、 成果をあげることができなかった場合は、他へ転職をせざるをえない。一方、現在の日本の大学では、長期間なんの研究もしなくても文句はいわれない、これを咎めるシステムがないからだ。本来的には,日本の全ての研究者がPeer Reviewを受けるべきであり, Reviewなくして人事の流動性はありえないし,研究に失敗した研究者が復活することも出来ない(ちなみに本研究の研究リーダーである松浦は期限付きの流動的な身分である)。全てのポストに任期が付き、研究や人事の流動性が確保されてこそ,ポスドクや若い研究者は研究に励むことが可能となり,やがて,日本の研究が,"大学院生が中心となる研究体制"から"ポスドクが中心となる研究体制"に移行できる。その時こそ,質の高い十分な研究成果が出てくるものと考えている。"若い研究者に独立のチャンスを与えること",そして,若くても有能な研究者は,プロジェクト等の大任を十分果たせることは,過去のNIHの所長の平均年齢が46歳(我々より若い)であることを見れば十分であり,問題はそこまでに育て上げる制度である。

6 提案

 以下に幾つかの具体的提案を述べる。

1) 研究者レベルの英語力を強化する。これを大学院博士課程の一環として行う。
・ 例えば,公営の語学セミナーハウスを設立し,英語圏に留学が決まったものは,英語で討論やプレゼンテーション等の英語能力を高める。
・ 日本の国際化を進める観点からも,少なくとも1チャンネルは英語のみのテレビ放送を行う。この有効性は米軍基地の英語のテレビ放送が,受信できるために, 沖縄県の学生は比較的英会話が達者であることからわかる。
・ 大学の理系の講義の一部,さらに,大学院の講義は科学技術英語を得意とする教官が,英語で講義を行う。多くのアジアの国では,母国語に科学技術用語が存在しないために,英語で直接議論をしているため英語能力に優れている。
・ 英語論文やGrantの書き方の指導を教科カリキュラムとして行うこと。

2)プロジェクトマネージメントの技術を習得させること。日本独自の研究プロジェクト論を根付かせる。

3)人事の流動性の確保。これにより敗者復活戦が可能となり,また,"職に就けていたのだから,あの研究者は優秀だ"という評価が定まるようになる。これにより,大学銘柄による偏向を抑止する作用が働く。また,現在,職を得ている研究者は,留学しにくい現状がある。"留学するならば,退職して留学するように"という勧告が為される例が多い。しかし、退職して留学する勇気はない。なぜなら,留学先で優れた研究を行ったとしても,日本に帰る時、ポストが得られる保証が無いからである。日本から出やすく,帰りやすい環境を作る必要がある。

4)流動性研究所の設立。ここでは,優秀な研究者が時限付きで研究を行なう。また,長期に渡る研究戦略を立案し実行する。

5)SA制度の導入。博士号を持ち,研究の経験の有る研究者が科学政策の立案や執行に携わることは,望ましいことであるが,反面,権力の権化にもなる可能性がある。このために,拮抗するPeer Reviewの役割が重要となる。

6)Peer Reviewは,人事の流動性を促し、研究の質と量を維持する上で重要な役割を果たす。学際領域のPeer Reviewは困難が伴うが,逆に知的財産権にも結びつきやすく無視できない。また,SAの権力の乱用に拮抗する意味でも重要である。

7) 西欧の研究動向(研究者の分野,組織構成等)を克明に調査する調査研究を実施する。また,日本の研究者に,これらの調査報告を含めて各種学術情報を無料で配信できる巨大なセンターを設立する。

8)研究者自身も,多くの人の理解を得られるように,世論形成に参加する。

9)学術振興会等の公的機関が,"素粒子研究"のような,アドバイスと形式的な査読のみを行う英文論文誌を発行する。これにより研究の優先権を確保する。

  一国の研究システムが成り立つまでには長い歴史があり、結局は国民性や精神的風土が背景にあるのである。従って、アメリカの制度をそのまま直輸入することが出来たとしても,即そのままで日本で上手く機能するとは考えられない。日本の精神風土と制度にあった日本独自のよりよい制度を作りあげていくことが 今,強く求められており,今回協力して頂いたアメリガ側に"日本にはこんな優れた独自の研究制度があるぞ!"といって玉を投げ返す番である。我々は、日本の文部科学省が多くの試みを実施していることも調査して、ある程度は知っている。しかし,我々も多くの人達と同様に,今より少しでも良くしたいのだ。それで,敢えて苦言を呈しもしたし,在米の日本人研究者も我々に積極的に協力していただけたのである。

 我々は,日米の更なる国際学術交流の進展を考えて,研究調査に好意を持って協力していただいたNIHの方々,ならびにアメリカから日米の科学研究の一層の発展を願っていらした在米・留学中の日本人研究者の方々のご好意に感謝いたします。

 我々の報告書が,日本の研究体制や研究環境の更なる改善の一助になること,そして一層の学術交流の進展の一助になれば幸いです。  
                 

平成13年3月31日


 研究リーダー  松浦弘幸

副研究リーダー 中野正博




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 研究協力者一覧   

研究計画の目的・概要

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研究目的

【数学的認識の意義】人が生命を研究するのは世界を理解するためであり、科学の根本的命題のひとつと認識されてきた。研究手法はもちろん時代によって異なるが、数理的認識は生命・物質・宇宙・エネルギーの研究で、「共通・最高のツール」と考えられている。その理由のひとつは数理モデルに記述する過程で、極度に異なる分野の現象が同一の法則に支配されている多数の事例が発見され、世界を説明する統一原理への手掛かりが示唆されるからである。生命研究における数理モデルは、60年代までは生理学研究の花形であり、難解をもって知られた。しかし難解を恃む狷介な研究姿勢も一因となって、ゲノム研究の明快で目的指向性の魅力に圧倒され、昔日の面影を失っている。

【数理の優位性】一方、数理科学分野では複雑系と自己組織性の理論が現実世界との強い対応性から注目され、生命ないし生物は格好の研究対象と期待され、それは生物の一種である人が作り出した社会や環境にも及ぶものと考えられはじめている。そしてゲノム研究を含めた日米の生命研究には少なからぬ格差が生じているが、両国とも数理分野の思考形態を取りいれる段階では同水準にある。戦前の日本の理論物理学は紙と鉛筆でトップに伍したといわれるが、生命の数理科学的研究の振興によって生命研究の基盤の特段の強化を図れば、素粒子研究に比肩しうる応用分野の開発が可能となる。

【数理の学術上・社会的貢献】この研究の立脚点は生命の数学的認識にあるが、その展開はエンジニアリング的手法にあり、その応用は生命研究のみならず、社会の自己組織性や地球温暖化、地球環境ワールドモデル、さらにはデジタル経済の社会影響など、異なる分野にも発展可能と考える。

研究計画の概要

【異才発掘】該分野の研究上の問題点は、旧来既成の概念や学問の枠を越える能力と、異分野への強い関心をもち、自由な問題発見能力をもつ人材を発掘することである。まず学問体系としての現状を踏まえ、国際的に最先端にある研究を俎上にあげ、異分野の当面する諸問題の本質に迫る討論を行うことが重要と思われる。つまり分野を問わず、国内外で共通の研究手法や言語を用いる研究者が、何が可能であるか、相互の経験やノウ・ハウを交換し、それによって「研究目的」に挙げた事例をはじめとする緊急の課題研究の推進を加速する。

【少数メンバーによる研究調査】フィージビリティ・スタディの利点を活かして、数少ない研究者に課題を細分して研究費を分配する方式にとらわれず、まずは極少数の中核メンバーが課題と研究者(後記)を選んで濃密な討論集会を企画する。これは同好の士の集まりや意見交換の会ではなく、討論に供された資料を実地に異なる手法で分析し、いわば相互の弱点を発見して強化する。討論のための分析は、「若手で異分野に怖じけづかない」人々を、いわば実戦部隊として協力を求め、研究推進の実利とともに後継者発見に努めるものとする。

【若手の頭脳活用】研究組織は極力簡素化して、上記の希少な専門家は報告書作成や経理事務の煩から逃れ、全く自由に有益無益を問わぬ夢を開陳し、それを新鮮な頭脳がまとめる。


具体的研究内容・期待される成果

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研究内容

 研究を主宰する松浦弘幸は,生物を模倣したナノマシンの数理モデル, 高分子構造計算及び場の量子論を通して数理工学的な立場から複雑系科学の研究に従事してきた。 さらに松浦は「共通の方程式で記述される現象には,共通の解析方法が有効である」という信念に基づき, 数理的研究過程で開発・使用された物理学的手法を,単に自然科学・工学の分野にのみに留まらず, 社会工学の領域に拡張し「医療システムの動力学」や「社会医療生物学」の分野を開拓した. 政策研究院では,
「生命の数理現象を基礎とした社会モデルの構築,現実社会への適用及び数理政策立案と予測」
を目指して研究グループを組織し,社会生命数理の基礎としての「人口動態システムモデル」, 「社会生物学的人口予測方程式」を基礎的な階層とし,その上に上部構造としての社会科学システムを 構築しようと考えている.具体的には,

1)ミクロな生命系からマクロな社会集団システムに至る問に多くの階層構造を考え, 各階層内部で妥当な数理システムを構築する.          ・

2)各階層をつなぐ共通の概念を抽出する.この概念に基づいて各階層のシステムダイナミクスを構成する.

3)共通の概念をコアとして各階層を繋ぎあわせ,全ての階層システムが共通のプラットホーム上で 一体化して動作することを目指す.

このために各研究者には,各自の専門とする生命系の数埋定量化が義務づけられている.

四方・長倉は,生物の生死を分ける確率モデルを対象に, 構造と誤差を持った超線形代数基底の開発を担当.
大野は,生命機械論に基づくヒト生物学的年齢の研究及び生命力仮説の定式化を推進する.
巖佐・山村は,集団としてのヒト及び社会生態学的考察を行い,
亀高は非線型理論によるシステム構築を実施する.
松浦を中心とする政策研究院のグループは,
社会科学的モデルの構築(社会科学班,前田)と
プラットホーム構築班(主に共通フレームの作成と数式化)を実施する.
プラットホーム構成班は,階層間を繋ぐ縦糸を作る重要な役目をになっているために, 頻繁に各種グループと議論を行い他のチ−ムに対して研究の方向付けとプログラム作成の助言を行う.

期待される成果(本研究の成果による新研究分野展開の可能性)

 我々の研究の方向は,自然科学に明確な基礎をもつエンジニアリング的発想のシステム科学である. この方法により,生命を基礎として自然科学から社会科学に至る現象が統一的に記述され, その基礎理論の階層間の自由な移動が可能であるために,階層間の相互作用が明確化でき, 他の階層に及ぼす影響の評価が可能となる.その過程では,

個体の出生・成長・死亡過程:ワイブル関数の導入と生命力概念への発展数理生物への提案
個体数の増殖・減数モデル:少子化対策を数理生物からの提案を待つ
競争モデル:補食者モデルから人間社会の競争(入試を代表とする様々な選別) 理解のためのモデル作成と応用の検討=共同作業として
もうひとつの競争モデル:世代間競争現象、扶養による資本移転メカニズム 、福祉家計簿の提案と現実性の検証など=税制の優劣比較など
経済世界モデル:近代経済の壁を非線形性モデルの導入で越える試みに挑み、 複雑系として記述する手法の開発を進め、資源問題・南北問題などの合理的解決手法を探る.
環境モデル:生物圏全体への人間活動の影響を、数量的に把握できる研究体系を構築する.
などの種々の基礎理論の開発と応用に至る道筋が明示される.
 コアメンバーにあたるグループと、数理生物学〜数理生態学・数理社会学グループは、 いずれも意識すると否を問わず、複雑系としての研究にあたっている. 複雑系は単純な独立要素に分析できないので要素還元的手法にはなじまない. その点で科学史的立場や研究方法論の限界を共に感じているはずである. 幸いコンピュータの小型化、廉価化が可能性の拡大をもたらし、 精密かつ複雑なモデルを扱えるようになった. こうした共通基盤を情報交換と共に共通的な価値観をわかつ努力を、 フィジビリティ・スタディを通じて推進すれば、国際的な理論的基盤強化に先鞭をつけうるものと考える. さらには今日,日本に限らず統計資料には政治上の意図的な欠損が多く存在しており ,これが政策立案と予測に悪影響を及ぼし,的確な意思決定に障害を生じる場合が多々生じている. これに対して,各階層が上下左右に連携し合うために, 逆問題としての欠損部分の推論が可能となるとも考えられる.

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連絡先

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  松浦 弘幸(政策研究大学院大学) matsuura@grips.ac.jp
 中野 正博(産業医科大学・保健情報科学) nakano@med.uoeh-u.ac.jp

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